久々の日記ながら人様の記事で恐縮ですが、ぜひ色んな方々に読んで欲しかったので、ayuさんに転載の了承をお願いして、ご紹介させて頂きます。
文章のみの転載になりますので、ぜひ本家本元の写真付きで観て頂きたい。
花のある生活は豊かだと思う。
お花屋さんの美しい花たちも素敵だけれども、お庭や道ばたの花々を身近に感じられるって豊かだなって思う。
心も時間も。
ayuCafe
「祖母を送る。」
我ながら最低だと思うことがある。
祖母には、花と樹がうっそうと茂る山梨の家で、
0歳〜6歳くらいまで育ててもらった。
両親と神奈川で暮らしはじめてからずっと
祖母からよく電話がかかってきていた。
生意気になりはじめ、無自覚、能天気、
自意識過剰の小中学生の自分は、
祖母からの電話に、そっけない対応をしていた。
祖母は山梨の家の花のことをたくさんしゃべっていた。
何と何の花が咲いたよ、というようなこと。
素っ気なく聞いていたので、
ほとんど覚えていない。
まったく、最低だ。
小学生のころ、TVを見ているときに
祖母から電話があり、TVの音を下げずに
電話で素っ気なく話していた。
「祖母が映画みてるの?」と聞いていた。
いま、素っ気なく対応されたりすることも
いろいろな場面であるので、
どんなに傷つけたかよくわかる。
そういうことは、
あとでなにをしても埋められない。
晩年、調子が悪い時、会社から度々電話をかけても、
海辺のレストランや本屋さんに連れていっても、
認知証がすすまないように手紙のやりとりをしても、
施設に入ってから、写真集をつくったり、
手紙が連載してるみたいなノートを
ひとつづつ読んでね、といって置いていっても、
毎年、誕生日に、花束と一緒に祝っても、
埋められない。
あの時、TVのボリュームを下げればよかった。
先週の木曜日の夜、山梨の叔母から、
栄養剤の点滴が、血管に入っていかないので、はずした
と連絡を受けた。
それでも、心臓は動いている。
ものがのみこめなくなってから、栄養は、点滴だけになり、
思ったのは、生命力、すごいな、ということ。
ずっと心臓は動き続けていた。
血管が循環しなくなったら、もうまもなくだろうと
とのことだった。
その晩かもしれないし、次の晩かもしれない。
3日後かもしれない。
その晩、深夜、一時半頃、ブログに、
「時間になったらダンスをしよう」という曲をアップした。
そして、特に何かのタイミングに合わなくても、
こころのこもった花々が祖母の近くにあるといいなと
思って、仙台のまぎさんにお花をお願いするメールを書いた。
*****************************
まぎさん
こんばんは。
夜分すみません。
明けて今日は、tacaさんのライブですね。
どんな空間演出になるのでしょう。
落ちついたらで構いませんので
お花のオーダーさせていただけますでしょうか。
実は、育ての親の山梨の祖母が
旅立つ準備をしているらしく、
どうも明日にも、という
知らせを受けました。
最後に、まぎさんのお花を
そばにおかせていただければ、と
思いメールいたしました。
(略)
最近、よく思い出すのは、
幼稚園か、その前、祖母とよく
テレビのお母さんといっしょ、かなにかの、
踊りの番組のとき、
いっしょに掘りごたつのまわりをまわりながら
踊っていたことです。
とにかく感情表現が豊かで花が好きで
感激屋の祖母で、いつも楽しかったんです。笑
なにかそのようなイメージで
楽しいありがとうのお花を
お願いできますでしょうか。
*****************************
「時間になったらダンスをしよう」という
小さなとき、祖母と踊ってたことを曲にした記事を書き、
まぎさんにメールを送ったちょうどその頃、
祖母が旅立った。
翌朝、朝からふたつ、大事な打ち合わせがあったので、
早く会社を出た。
亡くなったからといって飛んでいってもしかたない。
近くで、毎日看護していた叔母やいとこたちに、
遠くおよばないが、経過は見てきた。
わたしのことを認識しなくなった。
花や写真に反応しなくなった。
食べ物を飲み込めなくなった。
手を握りかえさなくなった。
少しづつ長いお別れをしていた。
この一ヵ月くらいは、短い間隔で、
山梨に行っていた。
もうこれで、多分会えるの最後かな、というとき、
最後に言葉をかけた。
でも、相変わらず、気の効いたことは言えなかった。
「じゃあね」なんて言った。
そしたら、そのとき、祖母が、
ぐっと反応して、こちらを向いたので、
伯母さんも、「いま、反応したよね?!」
とびっくりしていた。
2つ目の打ち合わせは、社長とクライアント先で集合だった。
移動中、山梨から家族葬の段取りの連絡が入った。
その日の17時に家族だけでお通夜をするとのこと。
大事な打ち合わせだったから迷ったけど、
社長に頼んで、山梨に、行かせてもらうことにした。
社長が快諾してくれ、ありがたくて、これは、今後、
改めてがんばらないと、と思った。
打ち合わせ先で、駅にひきかえし、
駅ビルで、買い物をした。
まぎさんのお花は、ゆっくりでも構いません、
とお願いしたので、
お通夜のお花を、駅ビルの花屋さんでつくってもらった。
「明るく楽しいやつを」とオーダーした。
いちばん看護に徹してくれた叔母用の
花束も買った。
苺のタルトを買って、
マカロンを買って、
シャンパンを買った。
お年寄りを送る会は、
お疲れさまの会なので。
雨の日だったから、荷物は
大変なことになった。
でも、両手にかかえきれないおみやげをもって
里帰りするのっていい感じだった。
まぎさんからは、メールをお送りした翌朝
すぐにお返事をいただいた。
***************************
丁度今市場におりましたので、ミモザなど春の明るい色のお花ご準備できました。
心を込めて作らせていただきます。
***************************
わたしの返信。
***************************
まぎさん
ありがとうございます。
ミモザ、いいですね。
昨夜、メールをお送りした頃
旅立ちました。
せっかちは昔からで。
今頃祖父と待ち合わせしてると
思います。
シャンパンとイチゴのタルトを
買ったのでこれから山梨に向かいます。
お年寄りのお葬式は
お疲れさま会ですね。
いつも本当にありがとうございます。
***************************
まぎさんは、凄いはやさで
お花をつくっていただき、山梨に届けてくれた。
(突然のオーダーで本当に申し訳なかった)
まぎさんのお花には、いつも
まぎさんのメッセージカードがついているんだけど、
それが、手書きだったので、
急いで作ってくれた感があってありがたかった。
カードは、送り主が私で、
宛先は祖母の名前で、
日付も入っていて、旅立った日だった。
天国に旅立つちょうどその日に
自分宛の花束が届くってどんな気持ちだろうと思った。
まぎさんへのお礼の返信。
***************************
まぎさん
受け取りました。
家族葬だったので、
祖母の部屋で
納棺するときも
骨壺を前に
お経をあげてもらうときも
まぎさんのお花が、
祖母の写真のすぐ隣で
ずっと感謝とお疲れさまと
いままでとこれからの春を
彩りつづけてくれていました。
祖母に
ちょっとがんばるから
見といてよ
と素直にお祈りできました。
素早いご対応、創造的な彩り、
丁寧なメールのご返信、
感謝で言葉がありません。
きっとどすんとこれから
ことの大きさをからだが
認識してくるとは思いますが、
まぎさんの作品と
ご対応の記憶が
ぐっと引き止めてくれると
おもいます。
ありがとうございます。
***************************
心をこめたつくりものは、
もってかれそうになるとき、
落ちて行きそうになるとき、
強くつなぎとめる。
と思った。
母は、神奈川の庭からいくつか春の花を摘んできて、
湯のみに入れてお線香の近くにちょこんと置いていた。
この感覚にも、相変わらず、かなわないと思う。
そういえば、数週間前、
祖母の容態が相当悪い時が続き、
叔母と母が看護しているときがあった。
わたしは、様子を聞く電話を山梨の母にかけた。
容態の悪い家族を、看護する家族への電話は、
重いし、その他に話すことにも困る。
ふっと、わたしは、こんなことを
母に話しだしていた。
「庭のね、福寿草がずいぶん咲いたよ、
クリスマスローズも咲いて来た。
ムスカリもずいぶん出て来たね。」
祖母が昔わたしに電話で話していたことみたいだ、
と後から思った。
花の好きな楽しい祖母の、
なにかは、引き継がれているものと、
せめて思いたい。
文章のみの転載になりますので、ぜひ本家本元の写真付きで観て頂きたい。
花のある生活は豊かだと思う。
お花屋さんの美しい花たちも素敵だけれども、お庭や道ばたの花々を身近に感じられるって豊かだなって思う。
心も時間も。
ayuCafe
「祖母を送る。」
我ながら最低だと思うことがある。
祖母には、花と樹がうっそうと茂る山梨の家で、
0歳〜6歳くらいまで育ててもらった。
両親と神奈川で暮らしはじめてからずっと
祖母からよく電話がかかってきていた。
生意気になりはじめ、無自覚、能天気、
自意識過剰の小中学生の自分は、
祖母からの電話に、そっけない対応をしていた。
祖母は山梨の家の花のことをたくさんしゃべっていた。
何と何の花が咲いたよ、というようなこと。
素っ気なく聞いていたので、
ほとんど覚えていない。
まったく、最低だ。
小学生のころ、TVを見ているときに
祖母から電話があり、TVの音を下げずに
電話で素っ気なく話していた。
「祖母が映画みてるの?」と聞いていた。
いま、素っ気なく対応されたりすることも
いろいろな場面であるので、
どんなに傷つけたかよくわかる。
そういうことは、
あとでなにをしても埋められない。
晩年、調子が悪い時、会社から度々電話をかけても、
海辺のレストランや本屋さんに連れていっても、
認知証がすすまないように手紙のやりとりをしても、
施設に入ってから、写真集をつくったり、
手紙が連載してるみたいなノートを
ひとつづつ読んでね、といって置いていっても、
毎年、誕生日に、花束と一緒に祝っても、
埋められない。
あの時、TVのボリュームを下げればよかった。
先週の木曜日の夜、山梨の叔母から、
栄養剤の点滴が、血管に入っていかないので、はずした
と連絡を受けた。
それでも、心臓は動いている。
ものがのみこめなくなってから、栄養は、点滴だけになり、
思ったのは、生命力、すごいな、ということ。
ずっと心臓は動き続けていた。
血管が循環しなくなったら、もうまもなくだろうと
とのことだった。
その晩かもしれないし、次の晩かもしれない。
3日後かもしれない。
その晩、深夜、一時半頃、ブログに、
「時間になったらダンスをしよう」という曲をアップした。
そして、特に何かのタイミングに合わなくても、
こころのこもった花々が祖母の近くにあるといいなと
思って、仙台のまぎさんにお花をお願いするメールを書いた。
*****************************
まぎさん
こんばんは。
夜分すみません。
明けて今日は、tacaさんのライブですね。
どんな空間演出になるのでしょう。
落ちついたらで構いませんので
お花のオーダーさせていただけますでしょうか。
実は、育ての親の山梨の祖母が
旅立つ準備をしているらしく、
どうも明日にも、という
知らせを受けました。
最後に、まぎさんのお花を
そばにおかせていただければ、と
思いメールいたしました。
(略)
最近、よく思い出すのは、
幼稚園か、その前、祖母とよく
テレビのお母さんといっしょ、かなにかの、
踊りの番組のとき、
いっしょに掘りごたつのまわりをまわりながら
踊っていたことです。
とにかく感情表現が豊かで花が好きで
感激屋の祖母で、いつも楽しかったんです。笑
なにかそのようなイメージで
楽しいありがとうのお花を
お願いできますでしょうか。
*****************************
「時間になったらダンスをしよう」という
小さなとき、祖母と踊ってたことを曲にした記事を書き、
まぎさんにメールを送ったちょうどその頃、
祖母が旅立った。
翌朝、朝からふたつ、大事な打ち合わせがあったので、
早く会社を出た。
亡くなったからといって飛んでいってもしかたない。
近くで、毎日看護していた叔母やいとこたちに、
遠くおよばないが、経過は見てきた。
わたしのことを認識しなくなった。
花や写真に反応しなくなった。
食べ物を飲み込めなくなった。
手を握りかえさなくなった。
少しづつ長いお別れをしていた。
この一ヵ月くらいは、短い間隔で、
山梨に行っていた。
もうこれで、多分会えるの最後かな、というとき、
最後に言葉をかけた。
でも、相変わらず、気の効いたことは言えなかった。
「じゃあね」なんて言った。
そしたら、そのとき、祖母が、
ぐっと反応して、こちらを向いたので、
伯母さんも、「いま、反応したよね?!」
とびっくりしていた。
2つ目の打ち合わせは、社長とクライアント先で集合だった。
移動中、山梨から家族葬の段取りの連絡が入った。
その日の17時に家族だけでお通夜をするとのこと。
大事な打ち合わせだったから迷ったけど、
社長に頼んで、山梨に、行かせてもらうことにした。
社長が快諾してくれ、ありがたくて、これは、今後、
改めてがんばらないと、と思った。
打ち合わせ先で、駅にひきかえし、
駅ビルで、買い物をした。
まぎさんのお花は、ゆっくりでも構いません、
とお願いしたので、
お通夜のお花を、駅ビルの花屋さんでつくってもらった。
「明るく楽しいやつを」とオーダーした。
いちばん看護に徹してくれた叔母用の
花束も買った。
苺のタルトを買って、
マカロンを買って、
シャンパンを買った。
お年寄りを送る会は、
お疲れさまの会なので。
雨の日だったから、荷物は
大変なことになった。
でも、両手にかかえきれないおみやげをもって
里帰りするのっていい感じだった。
まぎさんからは、メールをお送りした翌朝
すぐにお返事をいただいた。
***************************
丁度今市場におりましたので、ミモザなど春の明るい色のお花ご準備できました。
心を込めて作らせていただきます。
***************************
わたしの返信。
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まぎさん
ありがとうございます。
ミモザ、いいですね。
昨夜、メールをお送りした頃
旅立ちました。
せっかちは昔からで。
今頃祖父と待ち合わせしてると
思います。
シャンパンとイチゴのタルトを
買ったのでこれから山梨に向かいます。
お年寄りのお葬式は
お疲れさま会ですね。
いつも本当にありがとうございます。
***************************
まぎさんは、凄いはやさで
お花をつくっていただき、山梨に届けてくれた。
(突然のオーダーで本当に申し訳なかった)
まぎさんのお花には、いつも
まぎさんのメッセージカードがついているんだけど、
それが、手書きだったので、
急いで作ってくれた感があってありがたかった。
カードは、送り主が私で、
宛先は祖母の名前で、
日付も入っていて、旅立った日だった。
天国に旅立つちょうどその日に
自分宛の花束が届くってどんな気持ちだろうと思った。
まぎさんへのお礼の返信。
***************************
まぎさん
受け取りました。
家族葬だったので、
祖母の部屋で
納棺するときも
骨壺を前に
お経をあげてもらうときも
まぎさんのお花が、
祖母の写真のすぐ隣で
ずっと感謝とお疲れさまと
いままでとこれからの春を
彩りつづけてくれていました。
祖母に
ちょっとがんばるから
見といてよ
と素直にお祈りできました。
素早いご対応、創造的な彩り、
丁寧なメールのご返信、
感謝で言葉がありません。
きっとどすんとこれから
ことの大きさをからだが
認識してくるとは思いますが、
まぎさんの作品と
ご対応の記憶が
ぐっと引き止めてくれると
おもいます。
ありがとうございます。
***************************
心をこめたつくりものは、
もってかれそうになるとき、
落ちて行きそうになるとき、
強くつなぎとめる。
と思った。
母は、神奈川の庭からいくつか春の花を摘んできて、
湯のみに入れてお線香の近くにちょこんと置いていた。
この感覚にも、相変わらず、かなわないと思う。
そういえば、数週間前、
祖母の容態が相当悪い時が続き、
叔母と母が看護しているときがあった。
わたしは、様子を聞く電話を山梨の母にかけた。
容態の悪い家族を、看護する家族への電話は、
重いし、その他に話すことにも困る。
ふっと、わたしは、こんなことを
母に話しだしていた。
「庭のね、福寿草がずいぶん咲いたよ、
クリスマスローズも咲いて来た。
ムスカリもずいぶん出て来たね。」
祖母が昔わたしに電話で話していたことみたいだ、
と後から思った。
花の好きな楽しい祖母の、
なにかは、引き継がれているものと、
せめて思いたい。
「原発推進派も反対派も投票で公平に決めましょう」というのが国民投票。
実現の為の署名は有権者の資格も制限が無く、誰でも出来るそうです。
ネットでも出来ます。
一方、東京都に対して法に基づいた正式な手続きが必要なのが都民投票実現の為の署名。こちらは2/9までの期限があり、都民の有権者資格が必要で、ネットでは出来ません。
私は知らなかったのだけれど、意外と知られていないのでは?
私も都民投票実現の為の署名をしてきました。
うちの近くだと隣駅で実施されていたので、自転車に乗ってリンリンリン。
すぐにわかるだろうと思っていたら、なかなか見付けられず、それもそのはず、ギターケースを背中に担いだ青年1人で活動していました。
心細そうに署名を集めている青年に頭が下がります。
久々に隣駅まで来たので市場を散策。
この辺りは団地の1階が商店街になっていて、スーパーや市場が密集しています。
2キロで580円のみかんを試食させてもらったらものすごく美味しかったので、おじさんの要望に応えて大声で「美味しーー!」と言ってあげたら、隣にいたおばさんが笑ってくれました。
こうゆうのが市場のいいところ。
もちろん買って帰りました。
山盛りみかん

比較

小粒ながら、数えたら33個もありました(画像は少し食べたあと)

甘い(^ー^)☆
実現の為の署名は有権者の資格も制限が無く、誰でも出来るそうです。
ネットでも出来ます。
一方、東京都に対して法に基づいた正式な手続きが必要なのが都民投票実現の為の署名。こちらは2/9までの期限があり、都民の有権者資格が必要で、ネットでは出来ません。
私は知らなかったのだけれど、意外と知られていないのでは?
私も都民投票実現の為の署名をしてきました。
うちの近くだと隣駅で実施されていたので、自転車に乗ってリンリンリン。
すぐにわかるだろうと思っていたら、なかなか見付けられず、それもそのはず、ギターケースを背中に担いだ青年1人で活動していました。
心細そうに署名を集めている青年に頭が下がります。
久々に隣駅まで来たので市場を散策。
この辺りは団地の1階が商店街になっていて、スーパーや市場が密集しています。
2キロで580円のみかんを試食させてもらったらものすごく美味しかったので、おじさんの要望に応えて大声で「美味しーー!」と言ってあげたら、隣にいたおばさんが笑ってくれました。
こうゆうのが市場のいいところ。
もちろん買って帰りました。
山盛りみかん

比較

小粒ながら、数えたら33個もありました(画像は少し食べたあと)

甘い(^ー^)☆
原発の事故をきっかけに知った武田邦彦先生のブログがとっても面白い。
今日のブログで音声での記事を7つもアップした武田先生、最後の録音では
「休日を前にして少しハッスルしまして、7つも録音しましたら少し疲れてきまして」
との一言に笑ってしまいました。
100年後、人は地域ごとにドームで暮らすようになるだろうという話、今の技術で今後可能な夢物語、きっと本当にそんな未来が来るのかもしれないですね。
過去の映画や漫画の中で描かれていた世界が日常になってきた現代、シンプルで少し古風な生活に魅力を感じる私は便利すぎる社会にリスクを感じていたけれど、武田先生の前向きな思想には便利で楽しい生活も悪くないかなという気になります。
災い転じて福となす。
今回の災害では悲観してしまうこともたくさんあったけれど、より良い未来が待っていると信じて、100年後の明るい未来に期待が高まります☆
今日のブログで音声での記事を7つもアップした武田先生、最後の録音では
「休日を前にして少しハッスルしまして、7つも録音しましたら少し疲れてきまして」
との一言に笑ってしまいました。
100年後、人は地域ごとにドームで暮らすようになるだろうという話、今の技術で今後可能な夢物語、きっと本当にそんな未来が来るのかもしれないですね。
過去の映画や漫画の中で描かれていた世界が日常になってきた現代、シンプルで少し古風な生活に魅力を感じる私は便利すぎる社会にリスクを感じていたけれど、武田先生の前向きな思想には便利で楽しい生活も悪くないかなという気になります。
災い転じて福となす。
今回の災害では悲観してしまうこともたくさんあったけれど、より良い未来が待っていると信じて、100年後の明るい未来に期待が高まります☆
去年の10月の頭に上京して、11月の中頃から一人暮らしを始めて間もなく1年が経とうとしています。
生活のペースもつかめてきて、少しずつ知り合いも増えてきて、1年という時間の流れを長くも短くもなく等身大に感じています。
震災のショックはやはり大きく、しばらく気持ちも沈んでいましたが、久々の再会や新しい出会い、楽しい出来事と共に少しずつ和らいでいきました。
海の日の江ノ島(島の中に入れるなんて知らなかった)、山梨での桃狩り、墨田の花火大会、初の体験多々、カメラを持ち歩く習慣が無いので写真は撮っておらず。。
展示も色々観に行きましたが、フレデリック・バック展では作家の人柄に大きく惹き付けられ、色々と感じるものがありました。
私の生まれ育った街・札幌でも来年開催されるとのこと、ぜひ多くの方に足を運んでもらいたいと思います。
それにしても、福島原発の事故で知った原発のずさんさと政府のいい加減さにはうんざりしちゃいます。
放射線の問題は本当に深刻、一定量を超えると必ず害が出てしまうものなのだから、より良い未来の為に現状にしっかりと目を向けて欲しいものです。
今日知った運動、福島の子供たちを守る為の署名です。
私も署名させていただきました。
サイト見てると次々と署名されていかれる方々の名前が流れ、嬉しくなります。
Avaaz
私の部屋に仲間入りしたこの牛、体が世界地図

☆(^ー^)ひとめぼれ☆

じつはイスなのであります〜☆
生活のペースもつかめてきて、少しずつ知り合いも増えてきて、1年という時間の流れを長くも短くもなく等身大に感じています。
震災のショックはやはり大きく、しばらく気持ちも沈んでいましたが、久々の再会や新しい出会い、楽しい出来事と共に少しずつ和らいでいきました。
海の日の江ノ島(島の中に入れるなんて知らなかった)、山梨での桃狩り、墨田の花火大会、初の体験多々、カメラを持ち歩く習慣が無いので写真は撮っておらず。。
展示も色々観に行きましたが、フレデリック・バック展では作家の人柄に大きく惹き付けられ、色々と感じるものがありました。
私の生まれ育った街・札幌でも来年開催されるとのこと、ぜひ多くの方に足を運んでもらいたいと思います。
それにしても、福島原発の事故で知った原発のずさんさと政府のいい加減さにはうんざりしちゃいます。
放射線の問題は本当に深刻、一定量を超えると必ず害が出てしまうものなのだから、より良い未来の為に現状にしっかりと目を向けて欲しいものです。
今日知った運動、福島の子供たちを守る為の署名です。
私も署名させていただきました。
サイト見てると次々と署名されていかれる方々の名前が流れ、嬉しくなります。
Avaaz
私の部屋に仲間入りしたこの牛、体が世界地図

☆(^ー^)ひとめぼれ☆

じつはイスなのであります〜☆

探検昆虫学者の西田賢司さん、ドキュメント番組、情熱大陸で知りました。
面白いのでぜひ!
西田さんの撮る写真を観ていると、虫の美しさ、ミクロの世界の面白さに惹き付けられます。
ホームページもぜひ☆
そんな西田さんの連載がWebナショジオで始まりました。
Webナショジオ、無料で面白い記事が盛りだくさん、オススメです☆
今年の4月、モンベルのイベントで、西田さんと一緒に昆虫採集してきました。
午前中の子供の部ではボランティアもさせていただいて、本当に楽しかったです。
貴重な経験をさせていただきました。
昆虫好きの子供たちのイキイキとした姿を観て、日本もまだまだ大丈夫だなと安心したりなんかして。
私が描いた義援金ポストカードの男の子と女の子は、この時に出逢ったちびっこがモデルなのでありました(^ー^)☆

面白いのでぜひ!
西田さんの撮る写真を観ていると、虫の美しさ、ミクロの世界の面白さに惹き付けられます。
ホームページもぜひ☆
そんな西田さんの連載がWebナショジオで始まりました。
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今年の4月、モンベルのイベントで、西田さんと一緒に昆虫採集してきました。
午前中の子供の部ではボランティアもさせていただいて、本当に楽しかったです。
貴重な経験をさせていただきました。
昆虫好きの子供たちのイキイキとした姿を観て、日本もまだまだ大丈夫だなと安心したりなんかして。
私が描いた義援金ポストカードの男の子と女の子は、この時に出逢ったちびっこがモデルなのでありました(^ー^)☆

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